離婚調停という戦い
離婚に2年。
調停に1年半。
思い返せば長かった。
離婚の同意をとって2年前に東京から京都へ別居したにもかかわらず、
「やっぱり離婚はしない、子どもも渡さない」
はい?
そう言ったかと思えば、離婚調停を突きつけてきたのはあちら。
なんなの?
長かった調停の最後の議題は財産分与。
元夫は最後までごね続け、資産の額をごまかそうとしたり、提出すると言った資料を提出しなかったり。
あげくの果てに飛び出した名言は
「流動資産が減るからまけてくれ」
…裁判しようか?
調停員はただの伝書鳩🕊️で、何度「もうこの人たちでは埒があかない」と絶望したことか。
結局、値切られに値切られ、
手にしたのは財産分与2400万円。
本来ならもっと渡されるべきだったはずだと今でも思う。
けれども、あの結婚生活から解放され、私の手に現金が残ったという事実。
もちろん、離婚は子どもに申し訳ないという気持ちはある。
だが、私は東京の生活に疲れ果て、夫の私への無関心に傷つき、もう成す術はなかった。
親権は、東京を離れたくないという子どもの希望で夫に渡った。
最初の贅沢=弁護士報酬
そんなこんなで手にした大金の最初の贅沢は……弁護士報酬200万円。
人によっては、というか私自身もバッグや宝石、旅行を思い浮かべていた。
けれど最初に払ったのは成功報酬、
つまり「戦いの費用」。
戦いの後に残るのは、お支払いなのです。
頼れるのは弁護士だけ
私の弁護士は、元夫やその弁護士にぶち切れてくれた。
(もちろん影で。)
主には「何を言ってるか、わからない!」という理由。
激しく同意。禿るくらい同意。
そういえば、私は初回の調停のときに同席していた、よくわからない公務員にぶち切れたのでした。
3回も同じこと聞くな!からの大泣きした。
そっと寄り添ってくれた弁護士さん。
頼れるのは結局、あなただけでした。
200万円は、ただの出費じゃない。
これは「感謝費用」であり、
「勝利の贅沢」なのです。
次回予告
こうして私の人生貨幣は、
スタートの2400万円から2200万円へ。
次の贅沢は決まっている。
次回、「リボ払い150万円、一括返済」へ続く。